「別れました」
ある指導員さん(Aさん)に同行した際、
何気に聞いた「彼女はいるのですか?」という私の質問に、
彼は静かに答えた。
Aさんは驚くべきことを言った。
「川崎さんも知ってる人ですよ」
「社長も知っていますし、みんな知っています」
それで、思い出した。
Aさんの彼女は同じ教習所の社員さんで、そのおじいさまは指導員をされている。
しかも大幹部である。
いい加減な付き合いは許されない。
しかし、ふたりの恋は成就しなかった。
私が「つらいね」と言うと、Aさんは「つらいですね」と言った。
ある作家がこんなことを本に書いていた。
人は恋愛を通じて初めて他人を本気で知りたいと思うのだそうだ。
そして、苦しむ。
生半可な気持ちでは、人を知ることなどできない。
女性は「どうしてわかってくれないのよ」と涙を流し、
男性は、わかりたいと思えば思うほど戸惑い、混乱し、きりきりと宙を舞う。
考えてみれば当たり前である。
まったく違う環境と価値観の中で20年近く育ってきた二人が、
愛しあってるからという訳のわからない理由だけで、理解できるはずはない。
理解できない、わかりあえないことを前提に付き合うのならまだ道は開けるが、
わかりあえて当然という能天気な誤解は、ほどなく壁に突き当たる。
この壁が高く、そして厚い。
しかし、人として真摯な態度で恋愛をする限り、
悩んで、苦しんで、泣き叫んで、罵りあって、お互い長い沈黙に耐え、眠れない夜を過ごす分、
いつか相手の幸せを真に思える恋ができるようになる。
そんな恋が、Aさんにもきっと待っている、
そう思うのである。

